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執筆者の写真RunningClub BreakThrough

2022NYCM体験記 〜ニューヨークが1番ニューヨークらしい1日〜

更新日:5月14日

こんにちは、BreakThrough RunningClub(BTRC沖縄)です。



会員さんの自己紹介やレースの体験記などで実際ご本人にブログを書いていただいてるこの企画。



今回はWMM(ワールドマラソンメジャーズ)の1つでもある「NYC(ニューヨークシティ)マラソン」に昨年出場された弁護士ランナーの鈴木穂人さんです。



今回このマラソンを走ってWMMのボストンマラソンの参加資格獲得を決意されたとのこと。

自分がそこにいるかのような、とても引き込まれる文章なので是非ご一読ください。


ーーーーー

1 .プロローグ


2022年11月6日10時55分。気温25度。凛とした空気の秋晴れ。

大きく開かれた水色の空をニューヨーク市警のヘリが旋回する。


大砲が豪快に撃ち放たれた。


往年の歌手フランク・シナトラの名曲「ニューヨーク・ニューヨーク」が流れる中、穏やかに緩やかにスタート。

左手遠くに浮かぶマンハッタンのWTCや自由の女神を見ながら、スタテンアイランドとブルックリンを結ぶ全長1.3キロの釣り橋(ヴェラザノ=ナローズ橋)を渡る。


僕のニューヨークシテイマラソン(NYCM)が始まった。



2 .憧れのNYがやってきた


思い返せば、少年の頃、漠然と憧れを抱いていたニューヨーク(NY)。

アメリカ横断ウルトラクイズ、ニューヨーク恋物語、ゴーストバスターズ、プロレスの聖地MSG、ヤンキース、自由の女神、国際連合、コロンビア大学、ウォール街そしてNYCM。


映画、ドラマ、ニュースで見るNYは甘美で華麗で力強い。

ただ青年から中年にかけて怠惰な性格、仕事、現実と折り合いをつける中で、憧れは胸の奥底に仕舞われ幻となってしまった。

思いがけず那覇に転勤して2年が経ち45歳になった僕。日常生活の中で忘却の彼方にあった憧れが開け放たれた。3月某日、英語のメールが届く。

「Congratulations!HOHITO」「Click Here・・・・」などと書いてある。


怪しい…。

詐欺メールだ。


削除しようとするも文中「NYCM」の文字が出てくる。

ちょっと気になったので僕の拙い英語で翻訳すると、曰く「2022NYCMに当選した」とのこと。


ほんまかいな。


念のためGoogle翻訳も確認する。

確かに当選している。


僕はふと数週間前の深夜の酔いどれネットーサーフィンを思い出した。

うろ覚えだが申込時には既にクレジットーカードも登録していたようで当選と同時に決済されていた。


その瞬間、僕の日常にNYがやって来た。僕は夜の誰もいない職場で高らかに声を上げた。

「ニューヨークへ行きたいか!!」



3. NYCMの紹介


とはいえNYCMはどんな大会なのか。

慌てて調べ始める。


・NYC全ての5つの島・行政区(スタテンアイランド→ブルックリン→マンハッタン→クイーンズ→ブロンクス→マンハッタ)を走り、セントラルパークのゴールを目指す。

・1970年から始まり2022年は51回大会。

・ワールドマラソンメジャーズ(WMM:世界6大市民マラソンの1つ)。

・毎年11月に開催。

・天候は秋晴れが多いが時に雪舞うことも。

・参加者数は世界最多。

・2019年は141カ国から約53,000人のランナーが完走している。

・出走抽選枠は約6倍。

・制限時間は6時間15分だが自己責任で走ればゴールで大会関係者は待ってくれている。

・スタートは5回に分けられトップランナー8時から最後の組(Wave)は11時30分スタート。

・東京五輪ランナーの大迫傑の復帰戦。


調べれば調べるほどとんでもない規模の大会だと知る。


4 .BTRCへの参加・大人の部活の始まり

 

40代になり少しづつマラソンを再開し始めた僕。

気ままな練習のため那覇、北海道、与論でサブ4.5からサブ5で完走もあればリタイヤもあった。


果たしてこのままで僕はNYCMを完走できるのであろうか。


仕事も長期休暇をとった。

円安と物価高もあり出費も膨らむ。

リタイヤとなれば何と情けないことか。

リタイヤし土地勘もなく語学力もない中で街を彷徨うことになれば果たして無事に帰国できるのか。


やはりゴールするしか帰国への道はない。


そうすると練習を見直さなくてはダメだ。

そう考えた僕は6月にネットで探したBTRCの門を叩く。

学生時代は運動部を馬鹿にしていた帰宅部の僕が大人になって部活を始めた。


人生は不思議だ。


5. 現地到着・下見ツアーへ


約半年、週1回の練習会も三日坊主とならず続けることができた。


体調もよく大会3日前NYCへ降り立った。

そこから夢見心地の1週間が始まった。


見るもの触れるもの、匂いや音までも全てが新鮮。

歩く、地下鉄に乗るだけで胸躍る。


長年NYで働く学生時代の友人とペンステーションで再会しNYCの隣町のニュージャージーのホテルに無事チェックイン。


ハドソン川の向こう岸はWTCをはじめとした摩天楼。

秋晴れ、黄葉、リスが公園を走る。

大会前には日本の旅行会社が主催する下見バスツアーに参加。

僕以外はみな日本からのツアー客で僕は最年少。


受付会場(エキスポ)でゼッケンとシャツを受け取る。

スポンサーのニューバランス製シャツも心なしかクールで格好良い。

これだけでも国内マラソンのシャツと違って大満足。


その後、ツアー中にガイドスタッフの女性が「NYCMは1年の中でニューヨークが1番ニューヨークらしい1日」と教えてくれた。

その意味するところは走ればわかるとのこと。


島を結ぶ巨大な橋、渋滞続く5番街、こんな大きな道が封鎖される。

路上駐車も一夜にして全てなくなるという。

そこを僕らが走る。

胸躍り、夜明け前には目が覚める。



6 .スタート・多幸感あふれるレース


友人と合流して地元の人が知るニュージャーからのルートで会場入り。

彼女は2回目の出走ということもあってとても頼もしかった。


10時55分のスタート(WAVE4)に備えて9時頃にはスタート地点へ。

そこは何だかピクニック会場の様子。

みんな思い思いにスタートを待っている。


アイスランドからきた女性の写真を撮ったり撮られたり。

既にスタートしている大迫選手の勇姿を大型ビジョンで観戦したり。

ドーナツ屋の無料コーヒーや帽子をもらったり。


トイレもたくさんある。

待機中の長袖や防寒具は寄附用の箱に回収される。

誰もシリアスで緊張した表情の人はいない。

人種も肌の色も年齢も性別も何にも関係ない。


みんなスタートまでの待機時間を楽しんでいる。


スタート。




1.3キロの吊り橋を渡りブルックリンへ。

上陸し小さな住宅街へ入ると「Welcome to BROOKLYN(ようこそブルックリン)」との男性の大きな声援。

子供たちとのハイタッチが続く。

お手製ポスターが目に入る。

初めて来た街なのにその一言一言で直ぐに心奪われた。



そこからブルックリン14番街を北上。

6車線の広い商店街の道路だが、みんな歩道から応援してくれている。

火曜日に控えた選挙へ行こうとの投票運動もある。


さらに途中から中南米系が住むエリアに入る。

友人の助言を受けてゼッケンの上に「HOHITO SUZUKI」と名前を書いた紙を貼っていた。

その甲斐あって、何度も「HOHITO」とか「JAPAN」とか「ガンバッテ」といった片言の日本語が飛んでくる。

南米系の人にとって「HOHITO」は発音し易いらしく抑揚のあるイントネーションも含めて僕は心地よい声援を受ける。

それに呼応するように僕の脳内では「俺は日系の穂人ロドリゲス鈴木だ!」と人格が変換される事態となっていた。

何のこっちゃ。



7. 風景が一刻一刻と変わる


中南米系からアイリッシュ系の街へ入ると道が急激に狭くなる。

両側から迫り来るように応援の波が続く。

NAHAマラソンの国際通りが永遠に続くようだ。


中にはビール片手の人もいる。

若い女性グループからは黄色い歓声が続く。

大男達の野太い声も上がる。

行ったことはないけど、ジャニーズやYAZAWAのコンサート会場にいるような雰囲気で、既にゴール近くの高揚感。


ところが、15キロ過ぎ左折した瞬間(ウィリアムスバーグサウス地区)、先ほどの歓声が嘘のように静けさが街を支配している。

聞こえるのはランナーの足音のみ。


ここは超正統派ユダヤ教徒の街。

彼らにとっては礼拝の日曜日でもあり信仰上静かに過ごすことが大切であって世界一のNYCMといえども関係ない。

歩道ではいつもの日常風景で彼らにとって僕らは風景の一部にしか過ぎない様子。

歓待されないこの数キロはなんとも自分を見つめる静寂の時間だった。


なんだこのツンデレ感は。

NYおそるべし。

その街を過ぎるとまたお祭りが戻ってくる。

応援している人も多種多様、ランナーも多種多様。

人種、国籍、民族はもちろんのことウェア、仮装、車椅子、義足、歩く人、頭にパイナップルを乗せて走るパイナップルマン(翌日の新聞によると彼はパイナップルをなんの固定もなくバランスだけで走っていることが判明)。

まさにお祭りフェスティバル。


ハーフまでは辛いやしんどいことは一切なく多幸感に満ちたレースだった。

こんな大会は今までにない。

ラップタイムも自己ベストで密かに欲が湧いてきた。



「NYCMで自己最高記録って、何だか俺格好良くないか?!」


8 . ハーフ手前・睡魔が襲ってきた


がしかし、マラソンの神様は厳しい。


徐々に空腹感が出てくるので路上でおじさんからバナナを一本もらう。

この頃から睡魔が襲ってくる。

時差と興奮で確かに睡眠時間が短い数日だった。

そのツケがこの瞬間にやってきた。


クイーンズに入るプラスキ橋で足が急に止まった。

22キロあたり。


その瞬間、上半身裸の白人青年と目があった。

彼もまた歩き始めた。少し片言の英語で声を掛け合って先に僕が走り出した。

彼もついてきたが、僕がストップ。


追い越し間際、彼(おそらくトム)から「カモーン・ついてこいよ」と声をかけられたが気力なし。

足が進まない。


「すまんトム。俺のことは忘れて先に行ってくれ・・・」。


25キロ。

クイーンズからマンハッタンへ。

イースト川の中洲にあるルーズベルトアイランドにかかるクイーンズボーンブリッジ。

橋の天井が低く眠気が重なり閉所恐怖症のような感じ。


歩道がないため観客はゼロ。

ランナーの足音だけが反響する。

橋特有のなだらかな上り坂。

ついに歩き始める。



ここで後ろの白人女性から道を譲ってと声をかけられる。

やばいなこのままで僕は完走できるのか不安が脳裏によぎる。


ここからは我慢の展開。

走っては歩く、走っては歩くの繰り返し。


沈黙の時間。


マラソンの神様、オーマイゴッド。

騙し騙し橋を下ると今までの沈黙が嘘のように橋の袂からすごい声援。


マンハッタ上陸。


今なで以上の数十倍のすさまじい声援。

「I Love you」と大声で迎え入れてくれる。

朦朧とする僕も思わず観客に向かって「I love NY too」と大きな声をかけたかったほどだ。


そこからは1番街をひたすら約7キロ北上。

道幅はとても広いがそれに負けない声援。

ずーっと札幌のYOSAKOI、青森のねぶた祭、那覇の大綱引きが開催されているような雰囲気。


9. ゴールへ・おぼろげの中で


ここからは正直記憶が朧げ。

しばらく眠りながら走っていたと思う。


それでもアフリカ系黒人の多いイーストハーレム(街の空気はちょっと治安が悪い)では金髪パーマおばちゃんから「Youk can do it」と大声で怒鳴られて思わず「I can do it」とやり返した。


さらには、僕よりも若年だが僕よりも人生の修羅場を数多く潜っていそうな巨漢からビール片手に椅子に座りながら「It's now or never!!(やるなら今しかねー)」と大きな声で恫喝されたことは記憶に新しい。

中学時代の恐喝未遂被害を思い出し逃げ足で少しペースが速くなった。


生のゴスペルもあった。

消防署の前では屈強な消防隊員とその家族がまるでピクニックのような雰囲気で時間を過ごしている。


マンハッタンの1番街を北上してブロンクスに渡る。

ブロンクスはわずかな距離でサード・アヴェニュー・ブリッジ を渡って再びマンハッタへ。


35キロ通過。


ここからはお洒落な建築物に囲まれた5番街をエンパイアーステイトメントビルを遠くに見ながら一気に南下する。

目指すはゴールのセントラルパークだ。


セントラルパークに入ると幅約4メートルの道、両側にぎっしりと観客のトンネル状態。

ランナー1人1人がスター選手のような扱いを受ける。


そしてゴール。


ゴール後にはメダルと特性ポンチョをかけてもらう。

すれ違う全ての人から「Congratulations (おめでとう)」と声がかかる。


ニューヨークよありがとう。



10. ブロローグ


大会からの数日はNYCの観光へ。


街中には完走メダルを首からぶら下げた人がたくさんいる。

エンパイヤステートメントビルの屋上から一望できるNYCの街並み、自分が走ってきたコースを振り返る。


俯瞰した距離と完走した余韻に耽りながらレースを振り返る。

後半失速したことで十分に楽しめなかった感があるものの、その反省は次に活かそう。


まずは少年時代の憧れが現実になったこと、再会には感慨深かった。


大袈裟に言えば人生の節目。

ランニングだけでなく人生もブレイクスルーしたのかもしれない。


WMMも達成したくなった。


42.195キロを走ることで世界が何千倍も広がった。

また必ず走りにきたい。

次はBTRCシャツを着て走らないと。


See You NY.


【記録】

完走4時間40分50秒


平均ペース

5km 5:00

10km 5:12

15km 5:00

20km 5:26

25km 9:59

30km 9:21

35km 9:00

40km 8:09

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